★はじめに
 この物語は「世界樹の迷宮3」のストーリーを追いながら展開していくリプレイ式の小説です。
 物語は二人の少年がそれぞれのギルドで冒険をしながら進みます。ゲーム内容のネタバレに関わりますので、未プレイの方、プレイ状況が作者より進んでいない方はご注意下さい。
 システム的な決まりごとでは、サイコロで振った日数ごとにそれぞれのギルドの探索を行います。例えばプレイ前に6が出たらゲーム内日数で6日一方のギルドの冒険を行います。その後サイコロを振り次に3が出たら他方のギルドに切り替えて3日冒険します。ギルドや船はゲーム内では一つしか持てませんので、一つのギルドに統合して物語上別々として扱います。
 それぞれのギルドの活動は、
★ギルド『ツーカチッテ』:通常の小説形式
★ギルド『C.A.S.W』:ギルドメンバー「ナナビー」の日記形式

で綴られていきます。
 二つのギルドと二人の少年の冒険がこの迷宮の果てにどんな結末を迎えるのか、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

六代目 twitter

始まりの6日間(その2)

 目に飛び込んできたのは弾けるように鮮やかな赤と緑だった。
 ここ、アーモロードの迷宮において最も浅い第一の階層は「垂水ノ樹海」と呼ばれている。これは元老院が何らかの通達をする際に実際に使っている呼称であり、公式の物と言って差し支えないものだった。逆に言うと、それくらいメジャーで大したことのない場所であるということだ。未知の深層については呼称はおろかどのような環境であるかすら判然としていないはずだ。
 そんな、この国の冒険者のほとんどが日常的に出入りする場所に降り立って感涙をこらえていたのはナーバンその人である。しかしそれも一瞬のこと、真横にいたエリホにすらそのことを悟らせぬ間に視線は樹海の奥を見つめて鋭く砥がれた。
「行くぞォ!」
 前触れもなく怒号を上げて駆けだすナーバンに少し遅れてエリホが、そして他の面々が続く。が、その進軍は数十歩で強制的に中断された。
 赤く咲き乱れる花の間から不意に飛び出した赤い影。この階層で最も良く見られ、そして弱い魔物、噛みつき魚だった。一般的な魚とは異なる敵意に満ちた目、そして攻撃力に優れた牙がギラギラと光る。
 すぐさま、面々がそれぞれの手に武器を構えて戦闘体制に入ると、待っていたわけではないだろうが魔物は襲いかかってきた。
 切り、突き、噛まれ、叩き、貫き、打ち伏せる。
 ぶつかり、はじかれ、かわし、ふりむき、斬り捨てる。
 数十秒の初戦闘はツーカチッテの勝利であっけなく幕を閉じ、各々の心に何かを残した。
 ある者には手ごたえを、ある者には焦燥を、ある者には恐怖を。
 それぞれの心に落ちたその色はじわじわと広がり、いずれ心を染め上げるかもしれない。しかし今はただ、これから始まる多くの勝利とは確実に違う一勝に自然と誰もが勝ち鬨を上げていた。

 それから数時間の探索は順調そのものだった。いや、順調というのはあくまで工程の問題である。慣れない迷宮内で削られる気力と体力から目を背けて突き進む一行。
「自称冒険者はいらないよ」
 彼らを見るなりそう言った元老院の老婆の言葉に反骨するように、新人とは思えぬほどの速度で白地図は色に満ちていく。そのペースであればあの老婆が一認める「冒険者」としての試験である一階の地図の制作は時間の問題だった。しかしそれはもしその行軍を続けられるのならば、の話である。
 実のところ、誰もがこの無茶苦茶な速度での探索をを支持して行っていたわけではない。ただナーバンに追従するか、あるいはその行為に対し何の感情も抱いていないか、それだけのなし崩し的な強行軍であったのだ。そんなもの、崩れるほうがよっぽど時間の問題だった。
「ちょっと、待ちなさいって! エリホちゃん息切れてるでしょ! あ、ほら後ろの隊列と離れてる! アンタ戦闘になったら後ろに下がるんだからそんなに前にでるんじゃないの! コラ! 聞いてる!?」
 ただ一人不満を隠そうとしないキタツミは声を上げ続けていたが、ナーバンは時折うざったそうに後ろを振り返って舌打ちをするだけだった。それ以外、その目は常に前を、そしてその先を見つめ続けていた。

 問題の時間は案外に早く訪れた。昼前、それまでと違う魔物と遭遇した時のことだった。
 遭遇から数秒、エリホが血に塗れて倒れたのを皆が半ば呆然と見下ろしていた。
「な……」
「走れっ!」
 困惑した声を出したのはナーバン、意識の綱を手放したエリホを抱き上げて絶叫と共に瞬転したのはアワザだ。
 大きな猫のような魔物だった。動きは機敏、攻撃力はそれまでに戦った他の魔物の比ではなく、ただでさえ万全とはいえない状況で、戦闘すれば全滅は確実だった。だからこのアワザの判断は絶対的に正しい。正しいに違いないのにその瞬間のナーバンの表情は暗雲を思わせるものだった。
 それでも、それまで戦闘中でも殆ど声を発していなかった年長者の叫びにナーバンを含めた全員が駆け出す。露に濡れる樹海の木々に汗の玉を飛ばしながら彼らはその日はじめての逃走を試みた。数十歩走って振り返ると、もうその魔物は興味をなくしたかのように踵を返して茂みに消えていくところだった。
「よし、もうよさそうだ」
 それだけ言ってゆっくりとエリホを地に横たえるとアワザはまた口をつぐむ。目線はナーバンを捕えたまま動かない。無言のままに次の指示を促していた。
「ダメ、街に戻って治療するしかないね」
 エリホの様子を見ていたキタツミがそう言うが、歩み寄ったナーバンはまたもその言葉を黙殺する。そして膝をつくとエリホの体を抱え上げ、顔を引き寄せる。
 懐から出したのは、先程探索中に見つけたネクタルだった。
「ちょっとアンタ、まさか」
 封をあけると一気にそれを口に含んで、そのままエリホに口付けて流しこんだ。
 血の気が引いたエリホの顔に生気が戻り目を覚ますとナーバンはすぐさま進軍を指示した。
「ちょ、待って、待ちなさいコラ!!!こんな無茶苦茶な、ネクタルだって貴重品で……ねえ!」
 キタツミは叫んだがやはり無視された。立ち上がったエリホはぼんやり覚えている唇の感覚に呆けながら真っ赤な顔でふらふらとナーバンについていった。シバンポとアワザが表情を変えずにゆっくりと歩き出すと、キタツミはまたも言いかけた言葉をぶら下げたままそのあとに続く他なかった。
 それからも彼らは次々と地図を描いていく。明らかなオーバーペースで。
 日の当たる花畑も、流れ落ちる水が煌く広場も、生い茂った常緑の道も、全てただの記号に変えて紙へと注ぎ込む。罠にかかった小動物も、注意を促す立て看板も、もはや言葉を発する気力もなくなったキタツミも、全て無視し尽くして前へと進んだ。
 日が真上に昇った頃、キタツミとアワザが同時に膝をつくまでその無茶苦茶は止むことはなかった。


始まりの6日間(その1)

  皇帝ノ月一日。暦が始まったばかりのこの日、ギルド「ツーカチッテ」の四人は元老院の議事堂で責任者の老婆と対峙していた。
「ふぅん、あんたらが世界樹の迷宮にねェ」
 品定めするようにギルドの面々を見る老婆の眼光は鋭く険しい。
 たしかにここ、アーモロードの元老院では世界樹の迷宮を探索する冒険者を募り、支援している。その責任の所在を知らしめるかのように、どんな素人じみた冒険者もどきであろうとも、直接白地図を渡して樹海へ送りだす。それが通例となっていた。だからおそらくはその視線も毎度のことであったろう。しかし先頭に立つ少年の目にはそうは映らなかった。
「俺たちのギルドに何か文句があるのか?」
「ないさ、ガキも素人も散々見てきた。お前達なんぞマシなほうじゃ」
 老婆は口の端を上げて言う。その表情は百戦錬磨のやり手を思わせた。
「そっちこそ、自分たちのギルドに落ち度があるような気がしてるんじゃないかい? 後ろめたくないなら堂々としてりゃいいのさ」
 そう言って老婆が改めてメンバーの姿を見回すと、先頭の少年、ナーバンは殺気を込めて睨み返した。
「まあいいさ、あたしはあの迷宮を制覇してくれればなんだっていい。悪人でも、クソ餓鬼でもね。ほら、持ってきな」
 投げられた白地図を荒っぽく受け取って、返事もせずに議事堂を飛び出すナーバンの後を、残りのメンバーも追った。
「ったく、最近のガキは礼儀がなっちゃないねぇ……。でも、ありゃあちょっと面白そうじゃないか」
 一人部屋に残された老婆は今しがた荒々しく閉められたばかりの扉を見つめて、御伽噺の魔女のように意地悪げに笑った。


「ちっ」
 樹海に向かう道でもナーバンの機嫌は直らなかった。
「すいません、私達が未熟なばかりに、ナーバン様に不愉快な思いを」
 傍らに寄り添うパイレーツの少女は、先ほどのナーバンの態度をたしなめるでもなくむしろ自分を卑下してナーバンに頭を下げる。
 少女は名をエリホと言う。数日前、海岸に打ち上げられているところをナーバンによって助けられたパイレーツで、彼を敬愛し崇拝していた。
「ふん……確かにお前達、いや、俺も含めて新人には違いあるまい。ただ、ヤツの目が気に食わなかっただけだ。何もかもお見通しってあのツラがな」
「しかし」
「くどい。お前達だけのせいではないと、俺が言っている」
 食い下がろうとするエリホをナーバンが一喝すると、どこからか声が聞こえてきた。
「そうそう、そいつの言う通り。お嬢ちゃんは悪くないぞー」
「何!?」
 頭上から聞こえてきた声に反射的に返すナーバン。視線の先にあったのは背の低い建物で、その屋根に一人のモンクがいた。赤い髪を後ろで編んで、青い瞳でナーバンたちを見下ろしている。おそらくは女性であろう。
 ぐっ、と膝を曲げて跳躍すると、その女性はナーバンの目の前に降り立った。数メートルの高さからのジャンプだったにも拘らず、その着地はしなやかで音もしない。
「誰だ、貴様」
「人に名前を聞く時は自分で名乗るのが礼儀って」
「絡んできたのは貴様だろう」
 お決まりの台詞を遮るようにナーバンは問い詰める。
 イタズラが不発に終わった子供のように残念そうな表情でモンクの女性はため息を付く。
「あたしはキタツミ。武者修行中のモンク。といっても、故郷はここだから郷帰りの真っ最中、かな?」
「ナーバンだ、王家の血を引いている。こいつはエリホ、後ろにいるのがシバンポとアワザだ」
 一瞥もせずに指だけで指し示して紹介をするナーバンに、キタツミは不満げな表情になる。が、ナーバンはそれを意にも介せずさらにキタツミに問いかけた。
「さっきのはなんだ? うちのギルドに何か文句があるのか?」
 返答次第ではただで済まさぬという雰囲気のナーバンに対して、キタツミはあくまで緊張感のない不満げな子供のような顔を続けている。
「んー、それなんだけどさ」
 キタツミは言いながら、つかつかと歩み寄りナーバンの横をすり抜けた。
「まずアンタ、なんで何も言わないの?」
 止まったのは先ほどアワザといわれたウォーリアーの前だ。逞しい肉体といかつい顔。いかにも戦士といった風貌の男性で、年の頃は30半ばに見える。
「見たところアンタが最年長、雰囲気からして素人でもないわよね。なんで黙ってこの子のことを見過ごしてるの?」
 腰に手を当てて見上げるように睨まれたアワザは、慌てる様子もなく淡々と答える。
「俺はリーダーに金で雇われた。金の分は雇い主に従う」
「ああ傭兵さんね。でもさ、いくら貰ったか知らないけどこんなガキんちょのお守なんてすることないんじゃない? お金貰ってトンズラしたら?」
 キタツミの言葉にエリホが掴みかかりそうになるのを、ナーバンが腕で制する。
「職業倫理の問題だ」
 それだけ言ってこれ以上の問答はいらぬという顔で口を一文字に結んだアワザを見て、むしろ満足そうにキタツミは頷く。
「まあ、それならいいけど。で、ナーバンくんだっけ? アンタ、この人のこういう話聞いた?」
「必要なかろう」
「どうかしら、彼がたまたまプライドの高い傭兵だったからいいけど、あたしが言ったみたいにトンズラするような人だったらどうするつもり?」
「…………」
 ナーバンは無言。キタツミはとりあえずそちらには触れず、横にいたビーストキングの少女に向き直る。先ほどシバンポと言われていた娘だ。
「あんたはなんでついてきたの?」
「ワタシ、奴隷デス。ナーバン様、ワタシを買った。ダカラ、オトモしまス」
「買った? へぇ、あんた金持ちねぇ」
 後ろに声を飛ばすもナーバンは答えない。
「でも、奴隷なのに見張りも鎖も鉄球もない。逃げちゃえ逃げちゃえ」
 笑って言うキタツミにシバンポは微笑む。
「イエ、ゴシュジンにシタガウ。それが一番ダイジです」
「ま、こっちもこういう子ってわけか」
 アワザの時同様に満足そうに頷いて、後ろ向きに歩き、再びナーバンの前に来ると少し腰を落とした。
 目線をナーバンに合わせるようにして、じっと見つめる。
「なんだ」
「ま、後ろの子、エリホちゃんだっけ。その子はもう首ったけなのが見てわかるから聞かなくてもいいんだけどさ。あんた、本当にこんなメンバーで樹海に入るの? こんなまともに意思の疎通もできてないようなガッタガタのギルドで?」
 じっと見つめる目は、からかうでも叱るでもなく、決意を問うているようだった。
「ああ、あの底に行かなければならない。俺の求めるものがきっとある」
「どうしても?」
「なんだ、邪魔をしようとでも」
「どうしても?」
 質問は許さない、決意を問うている。二度目の問いかけでナーバンにもそれがわかった。
「……どうしてもだ」
「じゃ、よろしく」
 返事を聞くや、キタツミは右手を差し出した。
 一般的には握手を求めるポーズだったが、突然のことにナーバンは意味を図りかねてその手をじっと見ていた。
「何がだ?」
「あたしもついてく、って言ってんの。こんな危なっかしいギルド、見てらんないもん」
「何が目的だ」
 利益にならない、理屈に合わない申し出を理解することができないナーバンは顔をあげることもなくただキタツミの手を見つめ続けながら問う。
「強いて言えば武者修行後の腕試し。でもまあ、本当にお節介で言ってるだけだから、気にしないで。気にしないんでしょ? 相手の思いなんて」
「……確かにそうだったな」
 それまでのやり取りの自分を顧みて、少し笑ってナーバンは言った。
「ならば利用させて貰う」
「はいよ、よろしくね。えっと、なんてギルドだっけ」
「『ツーカチッテ』だ。王家の古い言葉で『地を這う者』という意味を持つ」
 ぱす、と差し出されたキタツミの手を軽く払って、ナーバンは歩き出した。
「あっ、かわいくない子ね全く!」
 すたすたと歩きはじめたナーバンに当然のように三人が連なり、その横を並走するようにキタツミが歩く。
「ほら! 握手! しなさいってば!」
「断る」
 あくまで応える気のないナーバンに業を煮やしたキタツミが無理やりその腕を掴もうとすると、身体をねじ込むようにエリホが割って入った。そしてナーバンの腕に自分の両腕を絡ませると、行き場を無くした手を持て余しているキタツミにアカンベーをして見せる。
「ったく、この子らは……」
 苦笑するキタツミが頭を掻きながらその列の真ん中に入ると、後ろから手を握られた。
「ヨロシク、キタツミサン」
 振り返ると、シバンポがキタツミの手を取って笑っていた。
「ん、あー、うん、よろしくね」
 はにかみながらキタツミは歩く。

 樹海の入り口はもう目の前に迫っていた。


プロローグB「受難の少年ナナビー」

?月?日
 今、僕は全く自分の置かれている状況に整理がつかないので、いつものように日記を書いて気を落ち着かせることにしました。
 まず今日のことを書く前に一昨日のことから書きます。いや、もしかしたら一昨日じゃないかもしれません。今が何月の何日なのかわからないので、もしかしたらずっと前のことかもしれないのですし。
 なのでとりあえず、事の発端から整理するのがいいと思いますのでそうします。それがいい。

 その日、お父さんが亡くなりました。
 と言っても突然のことではなく、ずっと具合が悪く臥せっていたのがついにということなので心の準備はできていました。
 準備ができていなかったのはその後のことです。
 毎日のように病床に押しかけていた連中が僕に押しかけてきたのです。
 お父さんは農場の経営者でした。お母さんは僕が生まれて間もなく亡くなったそうですが、農場の動物達に囲まれていた僕は、たまにしか寂しくありませんでした。アーモロード一の大農場なのだと、元気な頃お父さんはいつも自慢げに言っていました。
 ただ、僕は動物には好かれるが経営の才能がないので友人の経営者に譲ろうか、とも話していました。

 押しかけてきた連中は、その友人は譲渡を断ったと、よくわからない書類を僕の顔に押し付けました。そして、この農場の権利を買い取ると、一方的に言ってきました。
 経営の能力がないと言われた僕でしたが、お父さんから聞いた話の端々から自分の家の農場の価値くらいはわかっていました。
 彼らがテーブルに叩きつけた皮袋に入っていた金貨はそこいらの土地と家が即金で買えるほどの額でしたが、それがお父さんの農場の価値には程遠い額であると分かりました。
「それだけあれば新しい生活をするには充分でしょう。盆暗な跡取りには過ぎた金額だ」
 最後にそう言って、僕は家を失いました。とぼとぼと家だった場所を出る時、一匹の羊だけが僕の後をついてきました。
 僕に一番よく懐いていていた、羊のナンナンでした。

 そうして、ナンナンとふたりきりで大金を持ったまま宿を探して街を歩いていたのが多分、昨日のことです。
 繁華街に入るころ、突然後ろから頭をガツンと殴られた感じがしました。受身を取ることもできず道に倒れこんで、口に砂が入ったのだけは覚えています。
 覚えているのはそこまでなのです。
 今は外が明るいので、多分翌日の昼なのではないかと思っています。
 おそらくは、誰か僕が持っているお金を狙った強盗に襲われたのだと思います。その証拠に皮袋だけがなくなっています。
 ここは、多分宿屋だと思うのですが、それ以外の荷物はベッドの下に置いてあります。ベッドの下からナンナンが僕のことを見ています。道に倒れているところを誰かに助けられたのでしょうか。
 お腹は、不思議と空いていません。最後に食べたのは多分一昨日の夜だと思うんですけど。
 お父さんの葬儀はきちんと行われたのでしょうか。あの連中が、多分関係者が集まると不利になると思ったのでしょう、ちゃんとするといってお父さんの遺体まで僕から奪いました。
 僕は何か悪いことをしたのでしょうか。
 ナンナンが鳴いています。

 誰かがドアをノックしています。
 助けてくれた人でしょうか。


 簡単に話を聞きました。
 僕を助けてくれたのは、冒険者ギルドの方だそうです。
 ギルドの名前は『C.A.S.W』。
 さっき部屋に入ってきたのはギルドリーダーのモッズさん。バリスタなのだそうです。
 ただひとつ、いや二つ不思議なことがありました。
 僕が倒れていたのは繁華街近くの道ではなくて、この宿屋の前だったそうです。
 もうひとつ、今日はあの日から三日経っているのだそうです。
 なにがどうしてそうなったのかは分かりませんが、ひょっとしたら動かない僕をナンナンが運んでくれたのかもしれません。

 それはともかく、モッズさんに事情を説明したところ
「帰る家も金もないってんなら、うちのギルドで一緒に冒険者でもするか?」と申し出ていただきました。
 他にあてがないので、僕なんかでいいのですかと聞くと、「ん、困った奴を見捨てて置けない性分でね。それに、賢者ノージ曰く『こいつの使い道はまだあるぜーっ!!』ってな。どんなヤツでも何かの役にゃ立つんだ。食い扶持を稼いでもらえる程度には働いてもらうから覚悟しとけ?」と言ってくださいました。
 僕はそのノージさんという方を知らないので意味はよくわかりませんでしたが、とにかく僕でもギルドの一員として参加させていただけるとのことなので、これからはこのギルドで冒険者として頑張って行こうと思います。前向きなのがお前のいいところだとお父さんにも良く言われました。
 ナンナンがすりよってきました。そうだ、この子はどうなるんでしょう。冒険に連れて行ってもいいのでしょうか。そのへんも含めて、後でモッズさんに聞いてみようと思います。今はまだ、頭がぼんやりしているので少し眠ろうと思います。
 最後に一応確認、僕の名前はナナビー。農場を追われたファーマー。これは間違いない。


プロローグA「放たれた少年ナーバン」

「は……ハハッ、やった!やったぞ!」
 少年は叫んだ。人目もはばからずに叫んだ。
 そして、一つ唾を吐いて駆け出した。人並みをすり抜けて駆け出した。

 しばらく走って、彼は海岸に出た。
 常夏の島に吹く潮風はじっとりと温く、彼の金色の髪を少しだけ乱した。眼前の海に波は少なく、寄せては返す波が所々でぶつかって平らになってはまた揺れる。
 ここ、海都アーモロードにおいては少し歩くだけで簡単に見ることのできるありふれた風景ではあったが、彼にはそれすら憧れの対象だった。自分を閉じ込めていた牢獄をついに打ち破り見る世界は全てが輝いて、祝福とともに迎え入れているように思えていた。ずっと見つめていたいと考えていたが、自分には時間がないことを思いだして振り返る。
 そこには樹があった。
 ただの樹ではない。
 都市の中央にあるその樹の幹はこの島の何よりも太く、広がる枝はこの島の何よりも広く、そびえる姿はこの島の何よりも高かった。
「世界樹」
 この都市に生まれたものは誰もが共に在り、またその樹には誰もが知る伝説があった。
「樹の下には迷宮があり、その先には100年前に沈んだ古代の超文明都市がある」
 伝説は都市の内に留まらず、島の外からも多くの冒険者をこの地に呼び寄せた。迷宮は確かに存在していた。しかし、未だ誰もその深奥へと到達したものはいない。未知を湛えたその穴は毎日のように新たな冒険者を飲み込み続け、その多くを還しはしなかった。

「もし、本当にあるなら」
 少年は呟いて拳を握る。握られた拳には大きな皮袋が下がっている。
 ずしりと思いその袋を確かめるように軽く振るとジャラ、と金属片が擦れ合うような音が鳴った。
「まずは仲間、いや、手下か……この金でなんとか……」
 言って、視線を一度海へと戻す。
 視界の端に何か、波とは違うものが動いた気がして少年は注視する。
 それが人であることを認めて走りだすと、手元がジャランジャランと派手な音を立てた。

「おい、おい!」
 浜に打ち上げられていたのは少女だった。赤い髪を後ろで編んで、大きく見えた額が印象的な、ずいぶんと幼く見える。
 呼びかけに答えない少女の頬を叩くと、僅かに反応があった。生きている。それだけ確認すると少年は少女を抱えて街へと向かった。女の子って軽いんだな、と手に持った皮袋と比べて考えながら少年は歩く。
 ずぶぬれの少女を抱えた少年の姿を人々は奇異の目で見たが少年は意にも介さない。見られても関係ない、どうせすぐにいなくなる人間の姿だと、そんなことを考えているうちに一番近い医院へと辿り着いた。彼が普段行っていた医院とはかなり離れていたため飛び込んできた少年を知るものはいなかった。
「この子を、助けてくれ」
 少年がそう言って床に少女を横たわらせると奥から顔を出した医師が不快感を露わにした。
「君、どこの子だか知らないが厄介ごとは……」
 医師の言葉を無視して皮袋をまさぐっていた彼は、その中から取り出した数枚の貨幣を床に投げ捨てた。
「これで文句あるか?」
 拾い上げるまでもなく医師は絶句した。
 彼の病院であれば1枚で半年は入院できる額の金貨だった。
「ちょっ……君!?」
 顔を上げた医師の視線の先にはすでに少年の姿はなく、エントラスのドアが軋んだ音を立てて閉まるところだった。

「これで文句あるか?」
 次に少年は服屋で先ほどと同じ言葉を吐いていた。
 店の中でも上から数えたほうが早い高級な服の数々を買い込み、代金の心配をした店主に金貨を投げつけて。

「これで文句あるか?」
 奴隷商人から一人の女性を買い取った。

「これで文句あるか?」
 傭兵にも、同じように言い放った。

「これで文句あるか?」
 冒険者が集まる宿で、自分専用の部屋を用意させた。


 二日後、彼は少女を預けた医院に姿を見せた。
 その姿は二日前とはまるで別人だったが、用件を告げて中から現れた医師が彼を見て何か得心がいったという表情を見せた時、少年はニヤリと笑った。うやうやしく一番高級なベッドのある部屋へ通され、少年はそこに眠る少女を見下ろした。蒼白だった頬には紅が差し、消えかかっていた息吹は確かな寝息に変わっていた。安心して、布団をはがし、襟首を掴んで揺する。
「起きろ」
 医師は一瞬止めるべきかためらったが、部屋に着くまでに彼女が全快に近い状態であることを告げていたのでやむなしと判断して踏みとどまった。
「ふぇ? はぅ?」
「起きたか」
「え? あの? 誰?」
「お前の命の恩人だ」
 少女は襟首を掴まれたまま、そう告げた少年の顔をまじまじと見つめ視線を落として服装をじっくりと眺めた。
「……やっぱり!」
 自分の大声でかすかに残っていた眠気を吹き飛ばすように少女は叫ぶ。
「やっぱり、やっぱり私のことを助けてくれたのは王子様だったんですね!!」
「ああ、そうだ」
 微笑みに邪悪なものを含ませながら少年は即答する。
 貴族然とした風貌に控えめな大きさの王冠を頭上に頂いた少年は少女の体を抱き寄せて、耳元で告げる。
「お前の命は俺が救った、つまり、お前は俺のもの、ということだ」
「え、あの……はい」
 少女は一瞬の戸惑いを見せたが、その高慢な言葉に肯定を返して頬を赤くした。
「では、その命尽きるまでつき合ってもらおう。あの世界樹の迷宮への旅を」
 少年は笑った。
 少女に向けてではなく、確かにそこにいる誰かに向けて笑っていた。

「お名前を教えてもらってもいいですか、王子様」
 少女が問うた。
「ナーバン、王家の血を引き、ギルド『ツーカチッテ』を率いる、お前の主の名前だ」
「ナーバン様……」
 恍惚の表情で尊い物のようにその名を呟く少女に少年、ナーバンもまた問うた。
「お前は、我に従い命を共にするお前の名はなんだ」
「私は、エリホ……貴方に出会うために生まれてきた女、エリホです!」
 笑顔で飛びついてきた彼女の体を抱きとめて、少年は手に持っていた皮袋を振る。
 ポス、と小さな音が一つだけした。
 寝間着のエリホの手を引いて、ナーバンは部屋を出る。
「退院だ」
 いつの間にか扉の外で様子をうかがっていた医師に言葉と共に皮袋を投げつけて通り抜ける。医師がそれを逆さにして振ると、一枚だけの金貨がぽとりと彼の手に落ちた。


 ここに、この物語は一つの始まりを見せる。
 いずれ迷宮の深奥にて一つの結末へと終結する二つの物語の片割れが今、祝福された世界で全速力で動き出した。


キャラクター紹介

ギルド『ツーカチッテ』
 主人公の一人、ナーバン(プリンス)をギルドリーダーとした新人ギルド。
 ナーバンが海岸で助けた少女と持っていた金で雇ったり買ったメンバーで構成される。

 ナーバン:プリンス、男、17歳
 どこかに囚われていたと自称するどこかの王子。
 口調は高慢で独善的、ドSで自分勝手。大金を所持しており、その金を使ってギルドメンバーを強引に集めた。ただしその段階で最初に持っていた金は全て使いきってしまった。
 世界樹の迷宮の奥に何かがあることを期待して迷宮に挑む。

 エリホ:パイレーツ、女、15歳
 下っ端海賊として海に出た直後に船から落ちてアーモロードの海岸に打ち上げられていた少女。
 ナーバンが発見して一命を取りとめる。そのおかげでナーバンを盲目的に愛するようになった。
 もとの髪色は赤だが、ナーバンに合わせて金に染めている。
 ナーバンから離れれば年頃の普通の娘だが、離れることはほとんどない。

 シバンポ:ビーストキング、女、18歳
 幼い頃獣に育てられた少女。
 さる貴族に見世物兼使用人、というか奴隷のような扱いで飼われていたが、とある事情によって再び奴隷として売りに出されていたところをナーバンに買われた。
 出自の割にしっかりとしており、言葉も片言ながら意味不明ではない。

 アワザ:ウォーリアー、男、36歳
 傭兵。報酬さえ妥当であればどんな戦場にでも赴く。
 ナーバンが所持金のうちから相当額を支払い、「世界樹を制覇するまで」という契約で雇った。
 ギルドの中では最年長ではあるが、寡黙でリーダー的なことはしないため、基本的には他のメンバーに追従するような形での行動が多い。

 キタツミ:モンク、女、23歳
 アーモロードから武者修行の旅に出て、久しぶりに戻ってきた放浪の拳士。
 ギルド内で唯一、ナーバンが見つけてきたメンバーではなく、ガタガタの面子で世界樹に挑もうとするナーバン一行を危なげに思い参加を申し出た。唯一ともいえる常識人でギルドの良心だが、リーダーの暴挙を止められることは稀。

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ギルド『C.A.S.W』
 主人公の一人、ナナビー(ファーマー)を拾った新進のギルド。
 リーダーのモッズを中心に、年齢は若いが確かな腕のメンバーが揃っている。ただし、転がり込んだ冒険者見習いのナナビーのため探索は1から再開する形をとる。

 ナナビー:ファーマー、男、17歳
 アーモロードで最も大きな農場の跡取りだったが、父親が死亡した後、農場の権利を悪徳業者らに奪われ、不当に安い金額を押し付けられて家を追われた少年。唯一農場からつれだした愛羊のナンナンと街を徘徊していたところを何者かに襲われ、農場と引き換えに手に入れた金を全て失ってしまう。
 倒れていたところをギルド「C.A.S.W」に拾われ、行く当てもないのでギルドに参加。冒険者として生きていくことを決意する。

 ナンナン

 モッズ:バリスタ、男、33歳
 ギルド『C.A.S.W』のリーダー。
 見た目や付き合い方に多少クセはあるが、基本的に明るく面倒見のいい好青年。
 エトリア、ハイ・ラガードといった他の地域での冒険譚に憧れて冒険者となった。
 ギルドメンバーは経験の浅そうな若者をあえて集めたが、実力や伸びしろは見抜いた上でのこと。
 とある著名な冒険者の著作物を愛読しており、ことあるごとに引用する癖がある。

 テンマ:シノビ、男、14歳
 女のような格好だが、彼の故郷の元服までは女性の格好で魔を寄せ付けないという風習によるもので本人も対して気にする様子もない。
 家族、特に親のことを尋ねると言葉を濁すが、知られたくないという割に関係が複雑とかそういうことではないらしい。
 丁寧で真面目、シノビの風上にも置けないほど笑顔が似合う。

 サカシノ:ファランクス、女、22歳
 おだやかな笑顔を絶やさないお姉さん。モッズ以外は子供ばかりのギルドなので、頼られることも多く頼りがいもある世話好き。
 友人が冒険者になったので自分も後を追ってみたが、そのころ友人は旅の空だったとか。
 ただ、色気とかそういうものに無縁なのが玉にキズ。

 コーヴィア:ゾディアック、女、13歳
 礼儀正しく可愛らしい登場人物中最年少の女の子。
 年に似合わず高火力のスキルで敵をガンガン屠るが、あくまで控えめでおとなしい。
 ただ、時折電波的というか意味不明な発言をすることがある。本人が言うにはどちらも親の影響なのだとか。
 ちなみに母親の話をする時になぜか「お母さん」と「ママ」が混在する。

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