始まりの6日間(その5)
(――何をしている)
「あ、それ弱いけど毒草ね。ってまあ、いきなり樹海のもの口に入れるヤツなんていないだろうけど」
「トコロがドッコイでスよ!」
歩きながらキタツミが指差した草を言うが早いか毟り取ったシボンパは、何を思ったかそれをアワザの口へ押し込む。
「ちょっ、なにやってんの!?」
「ん、ああこれか」
押し込まれた草を吐き出そうともせずにそのまま咀嚼するアワザにキタツミとエリホは目を丸くする。
ふてくされたような表情だったナーバンも、さすがの事態に少しだけ体を強張らせた。
「確かに毒性はあるが、子供でもなければ腹も下さん。むしろ血行に作用するので滋養強壮に使うこともある」
「うえ? ホント?」
控えめに力こぶしを作って見せるアワザに信じられないという表情のキタツミ。
そのキタツミに後ろから覆いかぶさるようにシバンポが抱きついて笑う。
「ウフフでス! シバンポ物知リなのでス。自然はトモダチでスから」
「確かに、書物で得た知識だけじゃダメね」
笑いあうその姿は、一昨日まで鬼気迫る様子で迷宮を行進していた一行と同じだとは到底思えなかった。
(――そんな余裕はないはずだ)
「よっし、ヤマネコはもう大丈夫そうだね」
「ああ、これで無駄に逃げ回る時間が省けるな」
足元に横たわるヤマネコの死体から、素材として使えそうな部位をアワザが切り取っている。それを見下ろしてキタツミと語るナーバンは満足そうだ。
先日不覚をとった相手ではあったが、今しがたの戦闘では殆ど誰も手傷を負うことなく斬り伏せている。
素早い動きはアワザが正面で受け止めることでストップをかけて、鋭い爪は振り下ろされる前にエリホが銃で弾く。牙など剥く暇も与えずにキタツミが拳を叩き込めばもはやそこにいるのは新米キラーの魔獣ではない、ただ体の大きな怯んだネコだった。たかだか二日でこの成果は新人ギルドとしては驚異的な成長と言える。
「んじゃあ、行く?」
くい、とキタツミが親指で示した先には階段があった。リーダーのナーバンはこの提案に当然の如く首を縦に振る、誰もがそう思っていた。
「いや、向こう側にもう少し道が見えるだろ」
「い、いいのですか?」
「なんかその、気持ち悪いだろ、道があるのに行かないのは」
その言葉に応えたのはキタツミの平手だった。
ぱぁんと小気味いい音がして背をはたかれたナーバンは驚きで怒りも湧かない。
「冒険者らしくなってきたじゃない」
「あまり先を急かすとお前らがバテるからな」
ナーバンのその言葉はそのまま先日の自分への反省だったが、それを皮肉ることもなく皆は笑って階段に背を向けた。
(――手に入れなければいけないのに)
しばらくの探索の後、今度こそ行ける場所が無くなり二階へと歩を進める一行。
寄り道だったはずの奥の通路で入り口近くに通じる抜け道を見つけたのは大きな収穫で、ナーバンなどはさもこのために遠回りしたのだと言わんばかりの顔をしていた。だが、その得意げな顔が仏頂面に変わるのにそう時間はいらなかった。二階へ降りてすぐのことである。
「足を止めろ、そこの冒険者よ! 二階に来たばかりの新米か?」
話しかけてきたのはなんとも奇妙な男だった。
「……ただ、互いの力量を量ることなく愚かにも魔物に突撃し、死んでいく新米ギルドがあまりに多いのだ」
何が、と言われるとツーカチッテの誰もはっきりとは答えられなかっただろう。その奇妙さの正体を。
ただわかるのはその腰に挿した二本の剣は倭刀の類であるのにその装備はどうにもシノビのものではないこと、一見軽薄そうな長めの金髪に隠れた視線は鋭く突き刺さるようであること、
「お前たちにも忠告しておく。敵の動きを見て、行動を読んでそして己の動きを決めるんだ」
新米冒険者に道を示す先輩のように見えるのに、何故こうも攻撃的なのか。出で立ちのことだけではなく、彼もまた何か矛盾を抱えている。特にキタツミの目にはそう映っていた。
「お前は誰だ」
「俺か? 今は俺の事はどうでもよい」
ナーバンの言葉を軽くあしらうと、金髪の男は件の魔物のいる道をこれ見よがしに避けながら樹海の奥へと消えて行った。
「どう思う」
珍しくナーバンから意見を求められてキタツミは一瞬戸惑ったが、皆の疑問が一致していることを感じて率直な意見を述べる。
「うさんくさいね。あと……強い」
「あっちは?」
親指で指し示したのは遠目に見える影だ。先ほどの青年が警戒を促した相手、小さく見積もっても人の数倍はあるだろう巨体の大蜥蜴。徘徊する姿は不吉の象徴のようで、一階で苦戦したヤマネコのように不意に襲ってくるわけではなく悠然と歩いているのがなおさら緊張感を掻き立てた。
「……まだ無理、って感じかな。さっきのヤツが戦えば……うん、多分だけどラクショーぐらいの強さ」
「つまり……」
「さっきのスカしたヤツをブン殴るにはアレくらい倒せないとダメってことだね」
不機嫌そうなナーバンの表情から読み取った考えを声に出してみると、当のナーバンがニヤリと笑った。
(――なんでこんな余計なことを)
「確認するよ! 各々一撃与えたら離脱! 回復はできるだけ飛ばすけどアタシが真っ先に倒れるかもしれないからあてにしないでね!」
「優先順位はロイヤルベールのあるナーバン、次いで速度の出るエリホ。俺のことは気にしなくていい」
キタツミとアワザの指示に頷いて武器を構える面々。眼前にはそびえる大蜥蜴の姿。不意を突くエリホの銃弾が顔の付近の皮膚を軽く削り、戦闘態勢になった大蜥蜴の腕をアワザがかち上げる。逆の腕が振るわれ、爪がシバンポを掠めて崩れたところにキタツミの回復が飛び、ナーバンの号令に皆が士気を高める。直後、大振りの爪を一瞬硬直した足運びの合間に真正面から受け止めてしまったアワザが吹き飛ばされ、その体を抱え全力で転身した。
時間にして数秒、あっという間に戦線から離脱して一同、ボロボロの体で何故か笑いあった。
先の青年の言葉を軽んじたわけではなかった。もちろん、彼我の実力差を測れなかったわけでもない。だがナーバンの提案、その実力差をきちんと感じておきたいという提案にだれも反対はしなかった。一番の慎重派であるキタツミが無理は絶対にしないという条件付ではあるが推奨したくらいである。
だから真正面から挑んだのだ。蛮勇ではない、強いて言うならば――
「くそ……遠いな」
握ったままだった短剣を地に突き立てて歯噛みするナーバンにエリホはそっと寄り添う。気がついたアワザは苦笑し、キタツミとシバンポの表情は読めない。己の力量不足を誰もが感じ、そしてそれぞれが心に何かを誓っていた。
(――だが)
「くそ……それにしても」
(――認めたくはないが)
「楽しい……な」
ナーバンの言葉に全員が目を丸くした。
「ナーバン様?」
覗き込むエリホから視線を逸らして口をへの字に結んだ姿に思わずキタツミが噴き出す。
「ぷっ、ははははは! そうだね、楽しい。確かにこういうのが冒険だよ」
危険を冒して何かをつかむ。掴むためにあえて危険を冒す。
そう、それは強いて言うならば冒険そのものだった。
「ふん」
それきりナーバンは口を開かず、視線も合わせなかった。
でもきっと、腕を組んだまま宿への道を歩くエリホがずっと微笑んでいたからその顔は笑顔だったのだろう。
(――生きることは、こんなにも楽しい)
- 2010.05.05 Wednesday
- ツーカチッテの活動記録
- 17:38
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- by unabalife