★はじめに
 この物語は「世界樹の迷宮3」のストーリーを追いながら展開していくリプレイ式の小説です。
 物語は二人の少年がそれぞれのギルドで冒険をしながら進みます。ゲーム内容のネタバレに関わりますので、未プレイの方、プレイ状況が作者より進んでいない方はご注意下さい。
 システム的な決まりごとでは、サイコロで振った日数ごとにそれぞれのギルドの探索を行います。例えばプレイ前に6が出たらゲーム内日数で6日一方のギルドの冒険を行います。その後サイコロを振り次に3が出たら他方のギルドに切り替えて3日冒険します。ギルドや船はゲーム内では一つしか持てませんので、一つのギルドに統合して物語上別々として扱います。
 それぞれのギルドの活動は、
★ギルド『ツーカチッテ』:通常の小説形式
★ギルド『C.A.S.W』:ギルドメンバー「ナナビー」の日記形式

で綴られていきます。
 二つのギルドと二人の少年の冒険がこの迷宮の果てにどんな結末を迎えるのか、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

六代目 twitter

始まりの6日間(その3)

 「ふっざけんじゃないよ!」
 アーマンの宿のロビーに木霊する女性の声。
 小さないざこざなど日常茶飯事のこの冒険者御用達の宿であってもよく通るキタツミの声は他のギルドの注目を浴びるのに充分なものだった。視線がツーカチッテに、その中でもテーブルに足を乗せんばかりの勢いで怒鳴り続ける赤髪のモンクに注がれた。
「話にならんな」
「ならんのはアンタよバカ! あのね、ホントに何考えてんの!? 正気じゃないわ!」
「だったら抜けろ。俺たちだけで行く」
 相対するナーバンはあくまで感情を露わにせずに淡々と言う。隣では寄り添ったエリホが無言で抗議の視線をキタツミに送り続けている。アワザは同じく無言だが、キタツミの近くに座っているのがほんの少しの自己主張にも見えた。シバンポは、というと話の内容を分かっているのかいないのか、ただニコニコと微笑んでいた。ただし柱の陰で。
「だーかーら! それじゃ回復する人がいないでしょ!」
「俺のロイヤルベールで充分だ」
「アンタが攻撃されたら終わりじゃない!」
「そこを守るのが仲間だろ? さ、時間だ」
 口の端を上げてわざとらしい笑顔を作って席を立ったナーバンにしばし絶句して、赤い顔をさらに真っ赤にしてキタツミは怒鳴る。
「――ッ……心にもないことを!!」
 振り下ろされた拳はロビーの机にしっかりと型を残し、その場には盛大な音の余韻を残した。奥から慌てて宿屋の子供が駆けだしてきた。
 音に驚いて、あるいは宿の子の方に向けられて逸らされた視線たちが再び捕えたキタツミの姿は開け放たれた入り口の扉から飛び出して行った悔しそうな背中だった。

 時間は夜の七時。
 日付は、いまだ皇帝ノ月の一日である。
 昼過ぎまでの無謀な強行軍によって大部分が埋められた一階用の白地図と引き換えに、前衛のうち二人が倒れてからまだ数時間しか経過していない。
 あの時、なんとか街へと帰還した一行はひとまず宿へ戻って治療と休養をとる予定だった。いや、あくまでその予定はキタツミの脳内のものであって、実際に宿について行われたのは応急的な治療と数時間の休憩だけだった。その数時間すらキタツミが進言しなければ存在せず、樹海へ取って返していたに違いない。それほどにナーバンは探索を急いでいた。それは誰の目にも明らかなほど異常な焦りであった。
 キタツミには、もちろん他の誰にもだが、その焦りの理由がわからなかった。もっと言えば、理解ができなかった。
 彼女の考えうる常識の中には、どれだけ重要な理由であろうと死の危険よりも優先するものは存在していなかったからだ。あくまで利己で動いているように見えるナーバンが、その実誰よりも自身の命をないがしろにしている事実、その矛盾がいつまでもキタツミの心にこびりついて拭えなかった。とはいえ樹海に戻ってしまった以上は誰も死なせないことを考える方が優先である。パーティーの要であることを言い聞かせて自ら頬を一つ張ると、前を歩くナーバンがその音で一瞬だけ振り向くのが彼女の目に映った。

「……帰るぞ」
 ナーバンがそう言ったのはそれから六時間ほど後のことだった。
 歩ける範囲で一階の全てを回り地図を完成させるまでにおよそ十と八時間。日付は変わって皇帝ノ月二日の午前一時だった。
ギルド『ツーカチッテ』の記念すべき一日目はようやく終わる。


「ねぇ、明日の探索ボイコットしない?」
 宿に戻ったキタツミは女性部屋で風呂上りのエリホとシバンポにそう言った。
「何故、ですか」
 おや、とキタツミは思う。聞き返してきたのはシバンポではなくエリホだったからだ。
 ナーバンを崇拝する狂信者のごとき彼女はそんな疑問の余地もなく反対するだろうと覚悟していたからである。
 部屋に別れる際にナーバンの言った「明日も今日と同じ時間から探索だからな、遅れるな」を盲目的に遂行するのだと、そう思っていた。色々と説得の言葉を用意していたキタツミは少し戸惑ったがベッドに転がったまま言葉を選んで答える。
「んっと……今日みたいなの、よくないと思うんだ。ナーバンが迷宮制覇を焦ってるのはわかるんだけど、これじゃ持たない。アタシがとかアンタがじゃなくて、アイツ自身がだよ。どんな理由や目的あろうと、死んだら終わりなんだ。これを続けたらどんな熟練の冒険者だって万全じゃいられないはずだよ」
 とりあえず言葉を切ってエリホの反応を見るキタツミ。しばらくは互いに無言だったが、ほどなくしてエリホが口を開いた。
「……私も今日の探索は危ないと思いました。帰って来た時のナーバン様、明らかに限界でした。ケガや罠からは命をかけて守れても、体力だけはどうしようもありません。できるだけのことはして差し上げたいです。でも、無茶はやめていただきたい……と、思います」
 ぽつぽつと語るエリホはキタツミの目にやたらと新鮮に見えた。ナーバンの言葉に唯一反発する自分を敵意に満ちた目で睨みつけてきた少女と同じとは思えなかった。二面性のある性格なのだろうか? 自分に問いかけてキタツミはNOの答えを弾き出す。冷静に考えて見ればこの意見すら大局的にはナーバンを守るための方策であって自分のことは二の次である。ナーバンとはまた違った危うさを感じながらも、賛同してくれたことに対しては素直に嬉しく思いキタツミは顔をほころばせた。
「それじゃまあ、アイツが考え直すまで冒険には出ない、ってことで。シバンポちゃんもいいかな?」
 濡れた髪をタオルで押さえているシバンポに声をかけると、振り返った彼女は穏やかに笑って「ムチャ、よくナイデス。ゴシュジン死んダラ、困りマス」とだけ言った。
「決まりだね。でもまあ、たぶん朝からガンガンやりあうことになるだろうし、早めに寝ておこう」
 言ってキタツミが消灯する構えを見せるとシバンポはベッドに滑りこみ、エリホも体を横にした。
 心と身体を多大な疲労感に包まれた彼女達には、すぐさま深い海の底のような眠りが訪れる。
 消灯から数分後にはもう、その部屋で起きている者はいなかった。



もくじ

キャラクター紹介
★冒険記
プロローグA「放たれた少年ナーバン」
プロローグB「受難の少年ナナビー」
始まりの六日間
01 02 03 04 05 06
ナナビーのぼうけん
01 02

前作「ゆぐどらぐらし」
ツーカチッテ

C.A.S.W

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