始まりの6日間(その1)
皇帝ノ月一日。暦が始まったばかりのこの日、ギルド「ツーカチッテ」の四人は元老院の議事堂で責任者の老婆と対峙していた。
「ふぅん、あんたらが世界樹の迷宮にねェ」
品定めするようにギルドの面々を見る老婆の眼光は鋭く険しい。
たしかにここ、アーモロードの元老院では世界樹の迷宮を探索する冒険者を募り、支援している。その責任の所在を知らしめるかのように、どんな素人じみた冒険者もどきであろうとも、直接白地図を渡して樹海へ送りだす。それが通例となっていた。だからおそらくはその視線も毎度のことであったろう。しかし先頭に立つ少年の目にはそうは映らなかった。
「俺たちのギルドに何か文句があるのか?」
「ないさ、ガキも素人も散々見てきた。お前達なんぞマシなほうじゃ」
老婆は口の端を上げて言う。その表情は百戦錬磨のやり手を思わせた。
「そっちこそ、自分たちのギルドに落ち度があるような気がしてるんじゃないかい? 後ろめたくないなら堂々としてりゃいいのさ」
そう言って老婆が改めてメンバーの姿を見回すと、先頭の少年、ナーバンは殺気を込めて睨み返した。
「まあいいさ、あたしはあの迷宮を制覇してくれればなんだっていい。悪人でも、クソ餓鬼でもね。ほら、持ってきな」
投げられた白地図を荒っぽく受け取って、返事もせずに議事堂を飛び出すナーバンの後を、残りのメンバーも追った。
「ったく、最近のガキは礼儀がなっちゃないねぇ……。でも、ありゃあちょっと面白そうじゃないか」
一人部屋に残された老婆は今しがた荒々しく閉められたばかりの扉を見つめて、御伽噺の魔女のように意地悪げに笑った。
「ちっ」
樹海に向かう道でもナーバンの機嫌は直らなかった。
「すいません、私達が未熟なばかりに、ナーバン様に不愉快な思いを」
傍らに寄り添うパイレーツの少女は、先ほどのナーバンの態度をたしなめるでもなくむしろ自分を卑下してナーバンに頭を下げる。
少女は名をエリホと言う。数日前、海岸に打ち上げられているところをナーバンによって助けられたパイレーツで、彼を敬愛し崇拝していた。
「ふん……確かにお前達、いや、俺も含めて新人には違いあるまい。ただ、ヤツの目が気に食わなかっただけだ。何もかもお見通しってあのツラがな」
「しかし」
「くどい。お前達だけのせいではないと、俺が言っている」
食い下がろうとするエリホをナーバンが一喝すると、どこからか声が聞こえてきた。
「そうそう、そいつの言う通り。お嬢ちゃんは悪くないぞー」
「何!?」
頭上から聞こえてきた声に反射的に返すナーバン。視線の先にあったのは背の低い建物で、その屋根に一人のモンクがいた。赤い髪を後ろで編んで、青い瞳でナーバンたちを見下ろしている。おそらくは女性であろう。
ぐっ、と膝を曲げて跳躍すると、その女性はナーバンの目の前に降り立った。数メートルの高さからのジャンプだったにも拘らず、その着地はしなやかで音もしない。
「誰だ、貴様」
「人に名前を聞く時は自分で名乗るのが礼儀って」
「絡んできたのは貴様だろう」
お決まりの台詞を遮るようにナーバンは問い詰める。
イタズラが不発に終わった子供のように残念そうな表情でモンクの女性はため息を付く。
「あたしはキタツミ。武者修行中のモンク。といっても、故郷はここだから郷帰りの真っ最中、かな?」
「ナーバンだ、王家の血を引いている。こいつはエリホ、後ろにいるのがシバンポとアワザだ」
一瞥もせずに指だけで指し示して紹介をするナーバンに、キタツミは不満げな表情になる。が、ナーバンはそれを意にも介せずさらにキタツミに問いかけた。
「さっきのはなんだ? うちのギルドに何か文句があるのか?」
返答次第ではただで済まさぬという雰囲気のナーバンに対して、キタツミはあくまで緊張感のない不満げな子供のような顔を続けている。
「んー、それなんだけどさ」
キタツミは言いながら、つかつかと歩み寄りナーバンの横をすり抜けた。
「まずアンタ、なんで何も言わないの?」
止まったのは先ほどアワザといわれたウォーリアーの前だ。逞しい肉体といかつい顔。いかにも戦士といった風貌の男性で、年の頃は30半ばに見える。
「見たところアンタが最年長、雰囲気からして素人でもないわよね。なんで黙ってこの子のことを見過ごしてるの?」
腰に手を当てて見上げるように睨まれたアワザは、慌てる様子もなく淡々と答える。
「俺はリーダーに金で雇われた。金の分は雇い主に従う」
「ああ傭兵さんね。でもさ、いくら貰ったか知らないけどこんなガキんちょのお守なんてすることないんじゃない? お金貰ってトンズラしたら?」
キタツミの言葉にエリホが掴みかかりそうになるのを、ナーバンが腕で制する。
「職業倫理の問題だ」
それだけ言ってこれ以上の問答はいらぬという顔で口を一文字に結んだアワザを見て、むしろ満足そうにキタツミは頷く。
「まあ、それならいいけど。で、ナーバンくんだっけ? アンタ、この人のこういう話聞いた?」
「必要なかろう」
「どうかしら、彼がたまたまプライドの高い傭兵だったからいいけど、あたしが言ったみたいにトンズラするような人だったらどうするつもり?」
「…………」
ナーバンは無言。キタツミはとりあえずそちらには触れず、横にいたビーストキングの少女に向き直る。先ほどシバンポと言われていた娘だ。
「あんたはなんでついてきたの?」
「ワタシ、奴隷デス。ナーバン様、ワタシを買った。ダカラ、オトモしまス」
「買った? へぇ、あんた金持ちねぇ」
後ろに声を飛ばすもナーバンは答えない。
「でも、奴隷なのに見張りも鎖も鉄球もない。逃げちゃえ逃げちゃえ」
笑って言うキタツミにシバンポは微笑む。
「イエ、ゴシュジンにシタガウ。それが一番ダイジです」
「ま、こっちもこういう子ってわけか」
アワザの時同様に満足そうに頷いて、後ろ向きに歩き、再びナーバンの前に来ると少し腰を落とした。
目線をナーバンに合わせるようにして、じっと見つめる。
「なんだ」
「ま、後ろの子、エリホちゃんだっけ。その子はもう首ったけなのが見てわかるから聞かなくてもいいんだけどさ。あんた、本当にこんなメンバーで樹海に入るの? こんなまともに意思の疎通もできてないようなガッタガタのギルドで?」
じっと見つめる目は、からかうでも叱るでもなく、決意を問うているようだった。
「ああ、あの底に行かなければならない。俺の求めるものがきっとある」
「どうしても?」
「なんだ、邪魔をしようとでも」
「どうしても?」
質問は許さない、決意を問うている。二度目の問いかけでナーバンにもそれがわかった。
「……どうしてもだ」
「じゃ、よろしく」
返事を聞くや、キタツミは右手を差し出した。
一般的には握手を求めるポーズだったが、突然のことにナーバンは意味を図りかねてその手をじっと見ていた。
「何がだ?」
「あたしもついてく、って言ってんの。こんな危なっかしいギルド、見てらんないもん」
「何が目的だ」
利益にならない、理屈に合わない申し出を理解することができないナーバンは顔をあげることもなくただキタツミの手を見つめ続けながら問う。
「強いて言えば武者修行後の腕試し。でもまあ、本当にお節介で言ってるだけだから、気にしないで。気にしないんでしょ? 相手の思いなんて」
「……確かにそうだったな」
それまでのやり取りの自分を顧みて、少し笑ってナーバンは言った。
「ならば利用させて貰う」
「はいよ、よろしくね。えっと、なんてギルドだっけ」
「『ツーカチッテ』だ。王家の古い言葉で『地を這う者』という意味を持つ」
ぱす、と差し出されたキタツミの手を軽く払って、ナーバンは歩き出した。
「あっ、かわいくない子ね全く!」
すたすたと歩きはじめたナーバンに当然のように三人が連なり、その横を並走するようにキタツミが歩く。
「ほら! 握手! しなさいってば!」
「断る」
あくまで応える気のないナーバンに業を煮やしたキタツミが無理やりその腕を掴もうとすると、身体をねじ込むようにエリホが割って入った。そしてナーバンの腕に自分の両腕を絡ませると、行き場を無くした手を持て余しているキタツミにアカンベーをして見せる。
「ったく、この子らは……」
苦笑するキタツミが頭を掻きながらその列の真ん中に入ると、後ろから手を握られた。
「ヨロシク、キタツミサン」
振り返ると、シバンポがキタツミの手を取って笑っていた。
「ん、あー、うん、よろしくね」
はにかみながらキタツミは歩く。
樹海の入り口はもう目の前に迫っていた。
- 2010.04.04 Sunday
- ツーカチッテの活動記録
- 01:24
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- by unabalife