★はじめに
 この物語は「世界樹の迷宮3」のストーリーを追いながら展開していくリプレイ式の小説です。
 物語は二人の少年がそれぞれのギルドで冒険をしながら進みます。ゲーム内容のネタバレに関わりますので、未プレイの方、プレイ状況が作者より進んでいない方はご注意下さい。
 システム的な決まりごとでは、サイコロで振った日数ごとにそれぞれのギルドの探索を行います。例えばプレイ前に6が出たらゲーム内日数で6日一方のギルドの冒険を行います。その後サイコロを振り次に3が出たら他方のギルドに切り替えて3日冒険します。ギルドや船はゲーム内では一つしか持てませんので、一つのギルドに統合して物語上別々として扱います。
 それぞれのギルドの活動は、
★ギルド『ツーカチッテ』:通常の小説形式
★ギルド『C.A.S.W』:ギルドメンバー「ナナビー」の日記形式

で綴られていきます。
 二つのギルドと二人の少年の冒険がこの迷宮の果てにどんな結末を迎えるのか、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

六代目 twitter

プロローグA「放たれた少年ナーバン」

「は……ハハッ、やった!やったぞ!」
 少年は叫んだ。人目もはばからずに叫んだ。
 そして、一つ唾を吐いて駆け出した。人並みをすり抜けて駆け出した。

 しばらく走って、彼は海岸に出た。
 常夏の島に吹く潮風はじっとりと温く、彼の金色の髪を少しだけ乱した。眼前の海に波は少なく、寄せては返す波が所々でぶつかって平らになってはまた揺れる。
 ここ、海都アーモロードにおいては少し歩くだけで簡単に見ることのできるありふれた風景ではあったが、彼にはそれすら憧れの対象だった。自分を閉じ込めていた牢獄をついに打ち破り見る世界は全てが輝いて、祝福とともに迎え入れているように思えていた。ずっと見つめていたいと考えていたが、自分には時間がないことを思いだして振り返る。
 そこには樹があった。
 ただの樹ではない。
 都市の中央にあるその樹の幹はこの島の何よりも太く、広がる枝はこの島の何よりも広く、そびえる姿はこの島の何よりも高かった。
「世界樹」
 この都市に生まれたものは誰もが共に在り、またその樹には誰もが知る伝説があった。
「樹の下には迷宮があり、その先には100年前に沈んだ古代の超文明都市がある」
 伝説は都市の内に留まらず、島の外からも多くの冒険者をこの地に呼び寄せた。迷宮は確かに存在していた。しかし、未だ誰もその深奥へと到達したものはいない。未知を湛えたその穴は毎日のように新たな冒険者を飲み込み続け、その多くを還しはしなかった。

「もし、本当にあるなら」
 少年は呟いて拳を握る。握られた拳には大きな皮袋が下がっている。
 ずしりと思いその袋を確かめるように軽く振るとジャラ、と金属片が擦れ合うような音が鳴った。
「まずは仲間、いや、手下か……この金でなんとか……」
 言って、視線を一度海へと戻す。
 視界の端に何か、波とは違うものが動いた気がして少年は注視する。
 それが人であることを認めて走りだすと、手元がジャランジャランと派手な音を立てた。

「おい、おい!」
 浜に打ち上げられていたのは少女だった。赤い髪を後ろで編んで、大きく見えた額が印象的な、ずいぶんと幼く見える。
 呼びかけに答えない少女の頬を叩くと、僅かに反応があった。生きている。それだけ確認すると少年は少女を抱えて街へと向かった。女の子って軽いんだな、と手に持った皮袋と比べて考えながら少年は歩く。
 ずぶぬれの少女を抱えた少年の姿を人々は奇異の目で見たが少年は意にも介さない。見られても関係ない、どうせすぐにいなくなる人間の姿だと、そんなことを考えているうちに一番近い医院へと辿り着いた。彼が普段行っていた医院とはかなり離れていたため飛び込んできた少年を知るものはいなかった。
「この子を、助けてくれ」
 少年がそう言って床に少女を横たわらせると奥から顔を出した医師が不快感を露わにした。
「君、どこの子だか知らないが厄介ごとは……」
 医師の言葉を無視して皮袋をまさぐっていた彼は、その中から取り出した数枚の貨幣を床に投げ捨てた。
「これで文句あるか?」
 拾い上げるまでもなく医師は絶句した。
 彼の病院であれば1枚で半年は入院できる額の金貨だった。
「ちょっ……君!?」
 顔を上げた医師の視線の先にはすでに少年の姿はなく、エントラスのドアが軋んだ音を立てて閉まるところだった。

「これで文句あるか?」
 次に少年は服屋で先ほどと同じ言葉を吐いていた。
 店の中でも上から数えたほうが早い高級な服の数々を買い込み、代金の心配をした店主に金貨を投げつけて。

「これで文句あるか?」
 奴隷商人から一人の女性を買い取った。

「これで文句あるか?」
 傭兵にも、同じように言い放った。

「これで文句あるか?」
 冒険者が集まる宿で、自分専用の部屋を用意させた。


 二日後、彼は少女を預けた医院に姿を見せた。
 その姿は二日前とはまるで別人だったが、用件を告げて中から現れた医師が彼を見て何か得心がいったという表情を見せた時、少年はニヤリと笑った。うやうやしく一番高級なベッドのある部屋へ通され、少年はそこに眠る少女を見下ろした。蒼白だった頬には紅が差し、消えかかっていた息吹は確かな寝息に変わっていた。安心して、布団をはがし、襟首を掴んで揺する。
「起きろ」
 医師は一瞬止めるべきかためらったが、部屋に着くまでに彼女が全快に近い状態であることを告げていたのでやむなしと判断して踏みとどまった。
「ふぇ? はぅ?」
「起きたか」
「え? あの? 誰?」
「お前の命の恩人だ」
 少女は襟首を掴まれたまま、そう告げた少年の顔をまじまじと見つめ視線を落として服装をじっくりと眺めた。
「……やっぱり!」
 自分の大声でかすかに残っていた眠気を吹き飛ばすように少女は叫ぶ。
「やっぱり、やっぱり私のことを助けてくれたのは王子様だったんですね!!」
「ああ、そうだ」
 微笑みに邪悪なものを含ませながら少年は即答する。
 貴族然とした風貌に控えめな大きさの王冠を頭上に頂いた少年は少女の体を抱き寄せて、耳元で告げる。
「お前の命は俺が救った、つまり、お前は俺のもの、ということだ」
「え、あの……はい」
 少女は一瞬の戸惑いを見せたが、その高慢な言葉に肯定を返して頬を赤くした。
「では、その命尽きるまでつき合ってもらおう。あの世界樹の迷宮への旅を」
 少年は笑った。
 少女に向けてではなく、確かにそこにいる誰かに向けて笑っていた。

「お名前を教えてもらってもいいですか、王子様」
 少女が問うた。
「ナーバン、王家の血を引き、ギルド『ツーカチッテ』を率いる、お前の主の名前だ」
「ナーバン様……」
 恍惚の表情で尊い物のようにその名を呟く少女に少年、ナーバンもまた問うた。
「お前は、我に従い命を共にするお前の名はなんだ」
「私は、エリホ……貴方に出会うために生まれてきた女、エリホです!」
 笑顔で飛びついてきた彼女の体を抱きとめて、少年は手に持っていた皮袋を振る。
 ポス、と小さな音が一つだけした。
 寝間着のエリホの手を引いて、ナーバンは部屋を出る。
「退院だ」
 いつの間にか扉の外で様子をうかがっていた医師に言葉と共に皮袋を投げつけて通り抜ける。医師がそれを逆さにして振ると、一枚だけの金貨がぽとりと彼の手に落ちた。


 ここに、この物語は一つの始まりを見せる。
 いずれ迷宮の深奥にて一つの結末へと終結する二つの物語の片割れが今、祝福された世界で全速力で動き出した。



もくじ

キャラクター紹介
★冒険記
プロローグA「放たれた少年ナーバン」
プロローグB「受難の少年ナナビー」
始まりの六日間
01 02 03 04 05 06
ナナビーのぼうけん
01 02

前作「ゆぐどらぐらし」
ツーカチッテ

C.A.S.W

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