ナナビーのぼうけん(その2)
皇帝ノ月 九日
現在昼休憩中です。
今日は黙々と一階で探索と採取をしていました。まだまだ例のヤマネコからは逃げっぱなしですが、それ以外の魔物とはかなり渡り合えるようになってきました。もちろん他の皆さんはこともなげに倒せるのですが僕のために遠慮して弱った敵を残したりしてくれているのがわかります。
前にも書いたように、そのことについてうじうじするのはやめようとは思いますが、せめて早くみんなの足をひっぱらないようにだけはしたいです。あとは、うーん、僕はどんな冒険者になればいいんだろう。
例えばモッズさんはバリスタですがみんなを守れるようになりたいので前に出ると言っています。その分危険も多いですが本人はそれでいいと言います。他の人もそれぞれに目指すものがあるようですが、僕にはそれはありません。ただ、漠然と強くなりたいと思っているだけ。冒険者としては、それではいけない気がします。
冒険を始めて三日……まだこんなことを考えるのは早いのかなぁ。まだ三日かぁ。なんだか随分長く、あれ?ナンナンが鳴いています。
夜です。
夕方からはずっとまた海の上でした。なんでも昨日船に乗っている時に僕がもの思いにふけっているように見えたんだそうです。だからなのか、話を聞くなら船の上の方がいいと思ったとかで、確かに僕がぼーっと星を眺めていたらみんながかわるがわる話しかけてくれました。
モッズさんとサカシノさんとは他愛のない話を。
その次に来たのはテンマ君。
「ナナビーさんは、亡くなったお父さんのことどう思ってました?」
突然の質問に面くらいました。でも多分、僕はお父さんのことを話したくなっていたのでしょう。すぐにすらすらと返事が出来ました。
「尊敬してました。いつかお父さんみたいになりたいと思っていました。お父さんからは無理だって言われてましたけどね。……テンマ君は?」
「同じですね、僕も父上を尊敬しています。でも父上は『お前は俺と同じになる必要はない』って。旅に送りだしてくれた時も最後まで父上が反対していたそうです」
「お父さんもシノビなんですか?」
「いや、違うんですが、ええと、複雑なのでそのへんはちょっと……ともかく、尊敬していますし誇りに思います。それは間違いありません」
「僕もです。お父さんは……僕の人生のお手本でしたから」
思いだして、空を見上げます。キラキラと光る星は今にも落ちてきそうなほど眩くて、なんだか目に沁みました。
「でも、うちの場合は母上もよく言ってましたよ。『父さんは立派だけど、単純で鈍感で女心がわからない方だからそこは見習っちゃだめよ』って」
「あははは、それはなんていうか」
「おもしろいですよね」
僕らは笑いました。笑いすぎて、涙がこぼれました。
テンマ君が去った後、コーヴィアちゃんが来ました。
「ナナビーさんは、何になりたいですか?」
「えっ、ええと、それ、モッズさんが聞いてこいって?」
「いいえ? モッズさんからはただ『ナナビーと話をしてやってくれ』って言われましたですよ」
なるほど、つまりその前のテンマ君もコーヴィアちゃんも、僕の心の中にあるもやもやの原因をなんとなく感じ取って話してくれていたというわけです。と言うか僕がわかりやすいのかな……。
「そうですか、僕は……昔はお父さんみたいになりたかったんです」
「お父さんみたいに?」
「ええ、さっきテンマ君にも言いましたけど、お父さんが僕の人生のお手本でしたから」
するとコーヴィアちゃんが満面の笑みで手を握ってきました。その手はあんなに強い術を撃てる女の子とはとても思えないくらい華奢で驚きました。
「私と一緒なのです! 私も母さんたちみたいになりたいのです」
「テンマ君も言ってましたよ。けど……」
「けど、なんです?」
「結局、お父さんは全てを失ったんです。自分が築いた家も農場も家族も全部。それはもちろん僕のせいなんですけど、何も残ってないお父さんの人生って、正しかったのかなって、ちょっとだけ思っちゃって」
「それは……違うと思います」
コーヴィアちゃんが握っていた手に力を入れて言いました。
「ナナビーさんが残っています、生きてます。農場は、いずれ取り返すことも出来るです。命は返りません。ナナビーさんが立派に生きることが、多分ナナビーさんのお父さんが残した人生の証拠です」
はっとなりました。
「母さんは言いました『あなたは私達の娘だけど、あなたなの。あなたらしい人生はあなたがみつけるの』って。ママが言いました『親を越えてこそ子供、さあ私を倒してみよー』って」
「自分らしい人生……ですか。親を超える……です……か」
少し考え込んでいると、コーヴィアちゃんは手を離して船室に戻ると言いました。
僕はまだ星を見ていると言って、甲板に寝転がりました。
答えはまだ出てきません。でも一つだけは決めました。どう生きるか、それはきっと今の僕には早すぎる悩みなのです。
だから頑張ります。頑張って生きます。それだけは決めました。死んじゃったら、何もなくなっちゃうから。お父さんが残してくれたものが全部なくなっちゃうから。
頑張って、生きます。なくさないように、消さないように。
皇帝ノ月 十日
今日は一日樹海でした。
なんだか今日はのんびりした探索な気がしてそう言ったら
「ペースは昨日と変えてない、それは君が強くなってきている証拠だ」とモッズさんに言ってもらいました。
途中、二度ほど魔物の少ない陽だまりで休憩をしました。その時に言われたのですが、やはり僕の体力や適応力は予想外なのだそうで、普通なら一階を悠々と歩けるまでに一週間くらいはかかるだろうとのことです。これが農場での経験で培われたものなのだとすれば、きっとこれもお父さんが僕に残してくれたものなのでしょう。
明日以降は、もしいけるなら二階に上ろうとみんなが言ってくれました。
なんだか嬉しいな、明日が楽しみです。