淀む三日間(その2)
その日の夕方より、ツーカチッテの面々は樹海へと赴いた。
入ってしばらくは数日の遅れを取り戻すようにゆっくりとした進軍だったが、感覚を取り戻してからは至って順調、二階の探索もなんら問題なく進んでいた。
むしろナーバンがいなくなる前のペースよりも早くすらある。当のナーバンは終始無言で、誰もが初日の彼の姿を思いだしていた。
「……ふん」
今しがた襲ってきた魔物の群れを蹴散らして、感触を確かめ直すように手にした剣を握りなおすナーバンを見てキタツミはそれとは別に一つ、疑問に思う。
「ねえ、アンタ少し……たくましくなった?」
「あ?」
たかが数日、されど数日である。一日休めば取り戻すのに三日かかるなどとは冒険者のみならずあらゆる鍛錬において言われることだった。
しかし武芸者としてのキタツミの見立てではナーバンは姿を見せなかった数日決してサボっていただけではないようだった。いや、むしろ樹海に入らず基礎的な鍛錬に終始していた自分達よりも感覚を取り戻すのが早いように見えたのだ。
「もしかしてアンタ、一人で樹海探索とかしてないわよね」
「する時は呼ぶ。だから今日も呼んだだろうが」
「そこまでのアホじゃなかったか……」
「フン」
ナーバンはキタツミのこの物言いが挑発であることを感じて特に反論はしなかった。「誰がアホだ」などとでも言おうものなら待ってましたとばかりに賑やかされるに違いない、そうなればせっかくの集中が途切れることになるのは明白だった。
キタツミとしては、また前のような焦りを振りまかれてはと危惧しての目論見を見事に外された形だ。
ため息と引き換えに自分の精神集中を取り戻し、行き急ぐリーダーに遅れまいとするしかなかった。
深夜、キタツミの心配は現実のものとはならなかった。
「あとは明日だ」
ナーバンが探索の切り上げを宣言したのだ。疲労度は全体的に見て七割程度といったところで、なんとも絶妙と言える。
キタツミはアワザと視線を合わせて互いの状態を確認する。消耗具合で言うならば互いに平均の七割、ほぼ同等に見えた。後に続くシバンポもそう変わらないだろう。
これはおそらく久々の探索で著しく、九割ほど疲弊して見えるエリホのための措置だった。つまりナーバンは平均より下、まだ余裕があるように見える。
キタツミはここに至って一つ認め、二つ疑った。
ナーバンという男は自分達の誰よりも成長が早く、運動力に差はあれど単純な体力では追い抜かれた。それは認めた。
しかし、およそ十日前には自分の体力の限界もわからずへばっていた人間が数日のブランクの後にパワーアップしている。そんなことがありえるのか?
そしてもう一つ、彼はこんなに気の使えるリーダーであったか?
街へと戻ろうとする背中に、聞き慣れない声が聞こえた。
「あっ、あの……」
一同が身構えて振り向いたのはそれが先日疑念を抱いた相手、オランピアではないかと考えたからだ。
だがすこし先の広場から声をかけてきたと見えるその影はあの不可思議な少女のものではなかった。
金髪を頭の横でポニーテールにした印象的なシルエットに、ゾディアック特有の葬具も見て取ることが出来る。
互いに敵意がないことを、無言で睨みつけるナーバンをなだめながらではあるが、示して間合いを狭めるとそのゾディアックの少女はおずおずと語りだした。
「アタシはムロツミというギルドの星詠みのカナエといいます。実は……」
カナエの話はかいつまんで言うと同じギルドのシノビの少年とはぐれたので見ていないかというものだった。全員が顔を見合わせるが見覚えのある者はいない。
それを告げるとカナエは心配そうにため息をついてもう一度控えめに尋ねてくる。控えめではあるが、先ほどよりは幾分力強い。その口調から彼女がそのシノビの少年を想う気持ちが伝わってくるようだった。
「あの! もしよろしければお願いを聞いてもらえません? この先でアガタを見つけたらどこにいたのかをアタシに教えて頂けないでしょうか!」
「断る」
その切なる頼みを無下に斬って捨てたのはやはりナーバンだった。
「ちょっとリーダー!」
わざわざ普段使わない呼称でキタツミが怒鳴ったのは単純な抗議ではなく、カナエに彼がリーダーであるとアピールする目的と、ようやく芽生えたのかと思っていた人を思いやる気持ちを想起させようという企みからだった。
「別に見つけろって言ってるわけじゃなくて見かけたら教えてくれってだけじゃない!」
「……見かけると思うか?」
「え?」
「シノビというのは素早く、その名の通り忍ぶものだ。単独ならばなおのこと身を隠しながら行動するだろう。それに加えて小さな少年だと? 積極的に探さずに見かけるなんてことがあれば奇跡だな」
「ぐっ……」
キタツミは何も言えない。いちいち理屈っぽいな、くらいは言ってもよかったのだがいかんせんその理論にかなり同意してしまったのでどうにも格好がつかなくなっていた。
「…でも、…それでも、もしアガタを見かけることがあれば教えて頂けると嬉しいです」
そう言うとカナエは深々と頭を下げて一同の横をすり抜けて去っていく。
時間からして彼女も宿へ帰るのだろう。断った手前一緒に戻るのもバツが悪く、しばらくその場に気まずい沈黙が流れる。
「……もし奇跡的に見つけたら教えてあげなさいよね」
「見つけたら、な」
しばらくたってキタツミが発した言葉に一応の同意をして、ようやくツーカチッテは帰路につくのだった。
明けて翌日、探索は順調だった。
昼間は活発に活動する巨大な鳥がいるため夜ほどの進軍は望めなかったが、それでも新人ギルドの進み具合としては充分過ぎるだろう。
エリホもペース配分を思いだした様子で、なんの問題もなく一日が過ぎる。
そして冒険再開から三日目の夜、三階に続く階段を早くも発見して、ナーバンはぼそりと呟く。
「ダメ、だな」
「え?」
反射的にエリホが聞き返す。
「一昨日の女が話してたガキのことだ。一人でどうにかなる道のりじゃない」
そう続けたナーバンの表情はいつもの仏頂面ではあったが、ほんの少し辛そうに見えた。
確かに魔物が多少大人しい夜であっても彼ら五人が苦もなく敵を蹴散らして闊歩しているわけではない。
時には押されて陣形が崩れたり、不意を突かれて逃げ出したり、そういった様々な戦闘をなんとか乗り越えてその中で前へと進んでいるのだ。
相当の手練でなければこの階段まで一人で来ることは難しいように思えた。
「まあいい、他人のことなど構っている暇はない。明日からは三階を……」
<しんじゃったら、なんにもなくなっちゃう>
不吉な考えを振り払うように、少し声高に宣言しようとしたナーバンの言葉が不意に途切れる。
「どうされました?」
今度はエリホの問いにも答えない。
「とりあえず、戻るぞ」
何事かと訝しがる面々を尻目に、ナーバンはそれだけ言って歩き出した。
「嘘ぉ……」
無言のまま宿へと帰り、結局宣言の続きを聞かないままに解散したツーカチッテのメンバーが翌朝見たのは三日前と全く同じものだった。
『しばらく探索は休み、再開時はここに書く』
連絡用の宿の掲示板に書かれたその文字を呆然と見つめて、次に互いの顔を見合わせて、がっくりと肩を落として、とぼとぼと部屋に戻るより他にどうしようもなかった。
「どこ行ってんのよあのアホリーダーはぁぁぁ!!!」
午後、宿の庭で怒鳴りながら大木をドカドカと殴るキタツミの姿はこの後ツーカチッテの名物のひとつとなるのだが、彼女はまだそんなことを知る由もなく苛立ちを拳から太い幹へと叩きつけるのみである。
- 2010.06.01 Tuesday
- ツーカチッテの活動記録
- 01:15
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- by unabalife